© 2017 おはなしの卵社 イラストレーション:kazu 

ことば。

March 18, 2018

・ひさしぶりの更新です。

 

年始からの忙しさと年度末の忙しさが続いてしまって、

 

「今日の卵」がおざなりになってしまった。

 

反省しています。

 

 

 

 

・最近考えていることは、「言葉」の怖さだったり、重みだったりする。

 

私は本当に愚かな人間なので、せっかくの信頼を裏切ってしまったり、

 

守ろうとはしたのだけれど、結果的に約束を守れなかったりすることが

 

本当に多い人生である。

 

そうなってくると、当然ながら多くの人が離れていくことになる。

 

時には人を傷つけることがある。

 

反省はもちろんするし、その度に学ぶことも多い。

 

でも人の傷口を塞ぐことはできないのだ。

 

 

 

 

・身銭を削って学んだことは、言葉は怖いという認識であった。

 

言葉の怖さを知ると、軽々しく冗談も言えなくなる。

 

その冗談が時には誰かを傷つけまいか?

 

そんなことも思う。

 

若い頃は割と威勢だけは良くて、理想論や夢や希望を

 

たくさん語ってきたし、それは実現するんだと思っていた。

 

でも世の中には実現できないこともあるし、

 

しようと頑張っても、実現しないこともある。

 

結果的に「言葉」が一人歩きして軽くなり、その言葉は結果的にだが、

 

「噓」になってしまう。

 

それがすごくすごく怖くなってしまった。

 

自分が自分の発する言葉に嫌気がさしてしまった。

 

 

 

・いつしか私は文庫本サイズの手帳に思っていること、

 

夢や希望や怒りや不安、葛藤を書きなぐるようになった。

 

それは私自身のスケッチである。

 

それを書くことでネガティブな言葉を封印し、誰かに当たることもないようにした。

(完全ではないが。)

 

そして自分を客観視して簡単に理想論や夢や希望を口にしないようにしていた。

 

その客観視する作業は自分にとって大切なルーチンワークになった。

 

いろんな人に意見を求めて混乱するより考えが熟成できるようになった。

 

その考えが正しいか正しくないかは別として。

 

結果的に欠点だらけの自分にウンザリはするのだけれど。

 

 

 

 

・言葉の怖さは今でも消えない。

 

言葉で表現することは制約があって表現できないこともある。

 

声色や表情がないぶんだけ、誤解を多く生むこともある。

 

ただその怖さを知っているか、知らないかは大きい。

 

それは私が本当に今更ながら学んだことだ。

 

言葉に責任を持って動けるということは素晴らしいことだけれど、

 

世の中はそんなに甘くないし、人間は(私も含めて)弱い生き物だ。

 

だからこそ言葉をあらゆる角度から検討して、

 

適切な、責任のある、できたらユーモアのある言葉をなるべくなら選べたら嬉しい。

 

 

 

 

・ある時から文章や会話や一冊の本などの言葉の集合体は

 

家のようなものだと思うようになった。

 

口から出す発言や、紙に書く文章、スマホで打つメール。

 

適切な言葉を並べて、家を建てるように骨組みからしっかり作れたらいいなと思う。

 

外だけ見栄えのいい家ではなく、中身も骨組みもしっかりした家みたいな。

 

それが今の言葉に出せる範囲の希望です。

 

 

 

と、この今日の卵も言葉は選んだけれど、うまく表現できていません…。

 

今日は金曜なので(正確には日曜)

 

昔の金曜ロードショーみたいにいや映画って本当にいいものですね、

 

みたいに、言葉って本当にいいものですねと、

 

いつか言えたらいいなぁ。

 

 

 

 

 

久々に読んでくださった方ありがとうございます。

 

もちろん、この文章も二晩寝かせて推敲しています。

 

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